2020年02月16日

アルトクラリネットは絶滅危惧種?

 アルトクラリネットは、アメリカの吹奏楽では「絶滅危惧種」とされているそうです。Mark Wolbers 氏(アラスカ大学アンカレッジ校)の CBDNA 2011 総会での報告にそう書かれています。(CBDNA = College Band Directors National Association)

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 ジョークに関して言えば、吹奏楽におけるアルトクラリネットは、オーケストラにおけるヴィオラに相当するものだ。どちらの楽器も、車のダッシュボードに置いておけば、ハンディキャップ・エリアに駐車することを認められる。しかし、オーケストラのヴィオラと違って、アメリカの音楽教育者は、アルトクラリネットを吹奏楽から排除することに全力を尽くしてきた。この点では、彼らは非常に成功したと言わねばならない。

Mark Wolbers, アラスカ大学アンカレッジ校、CBDNA 2011 総会報告

注:駐車云々は不謹慎な表現だけど、原文にそう書いてあるのでご容赦ください。

 アメリカでは、出版社も作曲家も、新しい吹奏楽の作品にアルトクラリネットのパートを含めないようになっているそうです(2011年現在)。その結果、楽器メーカーもアルトクラリネットの改良を行わなくなっている。ヤマハもセルマーも、1980年台以降はアルトクラリネットの改良を行っていない。1980年台より前の作品を演奏するにはアルトクラリネットが必要になるけど、専属の奏者がいないので、持ち替えをしないといけない。楽器も良い状態ではないことが多い。その結果、演奏は悲惨な結果になり、指導者はそれを「楽器のせい」にする、という悪循環に陥ってしまう。

 上記の報告では、筆者の Wolbers 氏はアルトクラリネットについて、さまざまな実験を行なっている。ルブランの中古のアルトクラリネットは、調整すると良い状態になったこと。また、セルマーのアルトクラリネットは、もっとも低い Eb, E, F (記音)の音程が悪く、いろいろ調整したが結局使用に耐えなかったこと。同じような音域を持つバセットホルンなら、はるかに良い楽器が入手できるが、音色の多様性のためにはアルトクラリネットとバセットホルンの両方を持っていることが望ましいこと、など。バセットホルンに良い楽器があるのは、モーツアルトの「魔笛」など、オーケストラの重要な作品で使われているからでしょうね。

 報告の最後で、筆者はグレインジャーの「リンカーンシャーの花束」より、第3曲「ラフォード公園の密猟者 (Rufford Park Poachers)」について言及している。この曲の前半部分には2つのバージョンがあって、バージョンAでは冒頭がピッコロ・Eb クラリネット・Bb クラリネット・バスクラリネットで開始され、その後のソロはフリューゲルホルンが演奏する。バージョンBでは冒頭がピッコロ・オーボエ・アルトクラリネット・バスーンで開始され、その後のソロはソプラノサキソフォンが演奏する。グレインジャーはバージョンBが好ましいとし、ソプラノサキソフォンのソロについて次のように述べる。

 このソロを書いた目的は、一つには、この輝かしい楽器の素晴らしい能力を演奏者・指揮者に確信してもらいたいということだった。私には、この楽器はサキソフォン族全部の中で最も愛すべきものだと思える。その牧歌的な力強さは、吹奏楽に対して素晴らしい利益を与えると言える。

グレインジャー「リンカーンシャーの花束」、G. Schirmer 社

 そして、筆者は「アルトクラリネットとクラリネット族について、私はグレインジャーと同じように感じている。」と結ぶ。この人は、アルトクラリネットを心から愛しているのですね。

 アルトクラリネットが絶滅の危機に瀕しているとしたら、大変残念なことです。ベルリオーズは、「管弦楽法」の中で「アルトクラリネットは美しい楽器である」と書いているそうです(原文未確認。確認できたら追記します)。私もアルトクラリネットを愛していまして、自作 (Ecliptic for Wind Orchstra) ではこの不憫な楽器にソロを与えています。演奏される可能性が絶無なんだからどうでもいいだろう、という正論はこの際無視ね。

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タグ:音楽
posted by toshinagata at 23:24| 日記

2020年02月10日

キンジソウ力尽きる

 先週後半、明け方の気温が氷点下になり、ついにキンジソウが力尽きた。葉が凍ってしまった部分を切り戻して、春に備える。2月まで持ったのは画期的です。単に暖かかったからだけど。

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 よく見ると、もう芽が出てきそうな雰囲気もあります。

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 こちらの区画のは、生き残っているのもある。ただ、葉は少ししんなりしているので、ダメかも。地面近くの葉は大丈夫そうだけど。

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 本当は、さし芽で株自体を新しくしてやった方がいいとは思う。新芽が出てきてから一度整理しよう。

タグ:園芸
posted by toshinagata at 00:00| 日記

2020年01月30日

愛知県の高校入試制度についての検討

 今朝の NHK 東海ニュース。「愛知「複合選抜」のあり方検討へ」と報道されていた。

愛知県の公立高校の一般入試は、1人で2回の試験を受けられる「複合選抜」という全国でほかに例がない制度で行われていますが、愛知県教育委員会は、今後の見直しも視野に、入試制度のあり方を検討したいとしています。

(中略)愛知県教育委員会は、30日、専門家や教員などが参加する入試制度に関する会議に意見を求めることにしていて、制度の見直しも視野に、今後、慎重に議論を進める方針です。

NHK 東海ニュース Web より (2020年1月30日)

 「複合選抜」制度とは、公立高校の試験を2回行うことで、2校を併願できる制度です。2回試験があるので、合格のチャンスがより広がる一方で、制度が非常に複雑で、試験実施の負担も大きい、というデメリットがある。

 2人の子供を愛知県で高校受験させて(1人は真っ最中だけど)、いろいろ感じるところがあった。特に強く感じているのは、以下の2点。

  • 内申点の比重が重すぎる。内申点90点満点、学力試験110点満点ですよ。2つの重みは学校によって異なるが、学力重視の学校でも学力試験を 1.5 倍にするだけ、つまり内申点 90点、学力試験 165点。これがまずいのは、内申点に「客観的な基準が存在しない」こと。1人の教員の主観的判断が、これだけの重みを持って合格判定に影響するのは、制度としておかしい。
  • 学力試験が易しすぎる。旭丘高校などのトップ校を目指すためには、とにかく「ミスをしない」ことが最優先になる。もっと思考力を要求する問題を増やさないといかんでしょう。

 2校受験できる制度は維持してほしいが、学力試験の質を高めるには、試験は1回にせざるを得ないかもしれませんね。1回の受験で、志望校を2校まで書ける制度が落とし所ではないかな、と感じる。

 なお、入試制度については、とにかく「デマを飛ばす人」が多いので、注意していただきたいなと思う。NHK の上のニュースを見ただけで、「◯年後から公立は1校しか受けられなくなるらしいよ」などと勝手に思い込んで、それを吹聴する人が出てきたりする。「入試制度については、『ママ友情報』は絶対に信じるな」と強く言っておきたい。子供が「先生がこう言っていた」というのもあまり信用しない方がいい。必ず愛知県教育委員会の公式文書を見ないとダメです。

 うちの上の子(ヒメ)の1学年上の年に、少し制度変更があったのです。そうすると、ヒメの学年でも「うちらの年にまた制度変更があるらしい」という変な噂が流れ始めて、ママたちが浮き足立っていたことがあった。んなわけがない。入試制度なんて、1回変えたら当分は変えられませんよ。

 それを考えると、昨今の大学入試共通テストをめぐる混乱は、本当に罪深かったと思う。「入試制度を簡単にいじることは許されない」という当然の原則に対して、大きく信頼を損ねたわけだから。文部科学省はしっかり反省して、「本当に日本の教育を良くするにはどうするべきか」を真摯に検討していってほしい。あなた方にはそれができる権限も能力もあるはずでしょう。

タグ:教育 社会
posted by toshinagata at 23:27| 日記
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