2019年10月27日

「春と修羅」高島明石バージョン

 「春と修羅」、DTM でやってみました。4バージョンありますが、ここはやっぱり「アマチュアの心意気」で、高島明石バージョンでしょう。

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 例のポリリズムのところ、もう少しきめ細かいテクスチャになってほしいんだけど、なんかがちゃがちゃ鳴っているように聞こえる (0'42")。もうちょい研究が必要だな。

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 つづく単音の部分はめっちゃ難しい (1'30")。6連符が続くところ、さらっと流しちゃっていいんだろうか。それとも、一番上の E 音でちょっと粘ったりする?

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 このあともう一度、ポリリズムが出てくる (1'53")。さっきの部分は、冒頭のメロディが最高音に出てくるので、弾き方にはあまり迷わないけど、ここのメロディの弾き方はちょっと迷う。48小節で音使いが少し変わって、転調するようなイメージ。左手のパッセージで、テヌートの音と「テヌート+アクセント」の音は当然区別するんだろうけど、あまりうまくいかなかった。

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 明石バージョンのカデンツァ。"senza pedale" のところは軽やかに流して、「あめゆじゅ…」のところはしっとり歌う。Più mosso のところは迷った (4'26")。テンポ指示が遅めなんだけど、どうしても間延びしてしまう。指示を無視して速めに弾いてしまいました。

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 最後の技巧的な部分。トリルのところは、どう弾けばいいのかよくわからない (5'53")。楽譜にはペダル指示がないけど、実演では右ペダル踏むとこじゃないかしら。DTM では「箱鳴り」がないので踏んでも意味ないんだけど(物理モデリングの音源を使うと、少し鳴り方が違うかもしれない)。151小節の左手の9個目の音、D# ですよね?

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 楽譜を見ているだけ、演奏を聴いているだけでは気づかないことがいろいろ見えてきます。DTM の楽しみ方の一つですね。

タグ:音楽 DTM
posted by toshinagata at 14:07| 日記

2019年10月22日

「春と修羅」楽譜買いました

 未だ感動冷めやらず。これを買いました。

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 藤倉大作曲の「春と修羅」。役名(菱沼忠明)じゃなくて、ちゃんと藤倉さんにクレジットされている。よきよき。

 この楽譜では、4人分の「春と修羅」が、主要部とそれぞれのカデンツァを合わせた完全形で記載されている。だから、主要部分は重複して印刷されている。カデンツァはどれも魅力的だけど、やはり明石バージョンが一番親しみやすいかな。「あめゆじゅとてちてけんじゃ」の鼻歌メロディね。

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 カデンツァの後はご覧の通り技巧的ですが、ここはまだなんとかなりそうな気がする。最初のバリエーションで出てくるポリリズムの方がきついですよ。これはお手上げです。

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 まあ、こういう時のために DTM があるわけです。先日、長いこと塩漬けになっていたカシオの電子ピアノ PX-310 を引っ張り出してセッティングした。少しさらってから、打ち込みに入ります。(また Alchemusica の不具合がいろいろ見つかりそうだな…)

タグ:音楽
posted by toshinagata at 21:52| 日記

2019年10月13日

映画「蜜蜂と遠雷」

 見てきましたっ!! 期待に違わず、素晴らしかった!

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 実は原作は読んでないんです。いいに違いない、とは思っていたんだけど、恩田陸さんの文体がちょっと苦手なもので。だから、大まかなあらすじだけの予備知識で臨みました。ただし、「おはよう日本」でやっていた松岡茉優さん・松坂桃李さん・石川慶監督のインタビューはしっかり見たし、あちこちの紹介記事も読んでいた。

 何が素晴らしかったって、音楽が、これ以上望みようがないぐらい見事だった。まず、演奏・作曲を担当するメンツがすごい。河村尚子・福間洸太郎(ごめんなさい、この人だけ知らなかった)・金子三勇士・藤田真央の各氏がピアノ演奏担当。そして、「春と修羅」の新作書き下ろし。この作品を映画化する、と聞いた時、真っ先に思ったのが「『春と修羅』どうするんだろ?」ということだった。読んでないけど、新作課題曲である「春と修羅」が重要な役割を担っていることは知っていたから。その作曲を藤倉大さんが引き受けられたと聞いて、「これは製作陣、本気を出してきたな」と思った。このメンツに音楽パートを引き受けてもらって、下手な映画は作れないでしょ。相当プレッシャーだったんじゃないかな。

 2月にこの音楽担当メンバーが発表された時のそれぞれのコメントが、こちらのページに紹介されている。金子さんだけちょっと異質なんだよな。他の人はみな、原作に則って、音楽に詳しくない人でも受け止められるようにうまくコメントされているんだけど、金子さんは「プロコフィエフの2番は難曲で、自分の演奏がどう映像になったか楽しみ」と、そりゃそうなんだけどそれって今言う話か?的なコメントをされている。でも私は金子さんのこういうちょっとピンボケな感じが好きです。

 実はだいぶ昔に、岡崎の「コロネット」に金子三勇士さんが来られて、ソロコンサートをされたんですよ。コロネットは小さなホールなので、演奏者と聴衆の距離が近い。そういうコンサートで、金子さんは MC もされたんだけど、選曲の理由とか、演奏上の技術的なこととか、けっこう細かいことを思い入れたっぷりに語るので、聴衆は「?」という雰囲気になっていた。でも、話している金子さんがすごく楽しそうなんですよ。あれ以来、金子さんのファンになっている。CD やコンサートを追っかけするほど熱心ではないけど。

 映画の話に戻ると、河村尚子=栄伝亜夜=松岡茉優というのも、すごいキャスティングだった。河村尚子さんって、小柄だし、顔も可愛らしい印象じゃないですか。でも、演奏はすごくダイナミックで、フルオケと渡り合って一歩も引かない、豪腕でねじ伏せるような迫力がある。そのパワーがあるから、繊細な表現が逆に生きてくる。

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 映画では、迷いを感じさせる予選(弾くシーンはない)、少し覚醒のきざしを見せる二次予選(「春と修羅」のカデンツァ)、出番の直前に再びやってきた深い迷いを振り切って、完全覚醒する本選(プロコの3番)。河村さんの演奏と、松岡さんの演技の両方が、大きな振り幅を持っているからできた表現だと感じた。

 あと、本選で藤田真央=風間塵=鈴鹿央士が弾いたバルトーク3番もすごく良かった。バルトークってもともと、生涯戦い続けた人じゃないですか。しかも、この曲を書いた時はもう死にかけてた。だから、曲想は明るいはずなのに、どこかに「陰」を感じてしまうんですよ。でも、塵くんのバルトークにはそういうのがなかった。軽やかで楽しげなバルトーク。全曲聴きたい!

 福間洸太郎=高島明石=松坂桃李にも一言触れておかなくちゃ。本選には進めなかったけど、「生活者の音楽」は敗北してない。あなたの「春と修羅」は、アカデミックな音楽家には届かなかったかもしれないけど、地べたに生きる人たちにはちゃんと届いていた。そのことが逆に明石に伝わって、彼に勇気を与えてくれたらいいなと思う。

タグ:映画 音楽
posted by toshinagata at 17:33| 日記

2019年10月12日

和田誠さん逝去

 享年83歳。あらゆる方面ですばらしい才能を発揮した人だった。思い出す作品はたくさんある。印象深いのは、谷川俊太郎さんとのコラボ作品。絵本の「これは のみの ぴこ」や「ともだち」、「けんはへっちゃら」など、エッセイ集の「ナンセンス・カタログ」、それからショートショートの「ペ」もそうだったんじゃないかな(手元にないからわからん)。もちろん、単著もすばらしい。「倫敦巴里」には衝撃を受けた(と同時に思い切り笑った)。私は洋画をほとんど見ないので、映画関係のところはよくわからんかったけどね。

 すごく好きなエピソードが一つある。丸谷才一さんのエッセイ(「男ごころ」収録)に書かれていたものだ。プロ野球の西武ライオンズのロゴマークは手塚治虫氏によるものだが、その制作がライト・パブリシティ社に依頼された時、和田さんは同社とつきあいがあったそうだ。

「ですから、もしあのとき、ぼくにやらせろと頑張つたら……」
「なるほど」
「……西武は今ほど強くないかもしれませんね」
と和田さんは謙虚である。奥床しい。

(丸谷才一「男ごころ」 新潮文庫)

 いつかは来る別れの時だが、やはり寂しい。安らかにお眠りください。

タグ:読書 社会
posted by toshinagata at 23:54| 日記

2019年10月09日

ZeroBrane Studio すごいぞ

 wxLua の現在のメンテナー(と言っていいだろう) pkulchenko 氏謹製の Lua 専用 IDE, ZeroBrane Studio。誰かが "*THE* IDE for Lua" (Lua IDE の決定版)と書いていた。ほんとその通りですね。スクリプト言語がこんなに簡単にデバッグできるなんて、と感動してしまう。

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 開発中の wxLuaApp もこれでデバッグできるようにしたいと思ったが、どうもうまくいかない。原因がよくわからないので、ZeroBrane Studio とデバッグ対象プログラムの間のソケット通信を解読して、自力で実装しようとしている。一応それなりには動くようになった。いろいろ穴があるので改良中。今は通信コードを Lua で書いているが、かなり重いので、ゆくゆくは C で書き直したいところ。

posted by toshinagata at 20:49| 日記

2019年10月06日

「おまじない」(西加奈子著、筑摩書房)

 西さんの小説、初めて読了しました。

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 帯に「女子たちの背中をそっと押してくれる魔法のひとこと−」とある。いろいろと背伸びして、頑張って生きて、でもそういうことに実は疲れていて、思い悩んでいる女性たち。そんなときに、彼女らの心に届く言葉がある。何か劇的なことが起きるわけではないんだけど、どんよりした雲が少し薄らいで見える、そんな感覚がある。

 言葉を発する人は、どれも男性である。それも、はたから見てあまりぱっとしない人であることが多い(「孫係」のおじいちゃまはちょっと違うけど)。この短編集は、そういう設定の世界なのだろう。女性が女性の言葉に救われる話を読みたい人は、他の本を読めばいい。「ぱっとしない人」とは、たとえばいちごのことしか頭にない田舎のじいさんとか、まったくうだつの上がらない売れない芸人とか、むやみに物識りだけど仕事もせずに90歳の母親のスネをかじっているおっさんといった面々である。そういう人たちの言葉に、なんともいえない「優しさ」がにじみ出ている。

 西さんは、こういう人たち、つまり悩んでいる女性たちと、その周りにいるぱっとしない男性たち、に愛おしさを感じているんだろうな、と思う。

なんてダサい、そして下衆な人間なのだろう。

私は弱い。

立ち上がると、視界がなんだかクリアだった。薄くはっていた膜がぽろりと取れた。(「マタニティ」)

 ダサくても、下衆くても、弱くても、そのまま生きていくんだ、という実感。それは、「ありのままでいいんだよ」という応援メッセージともちょっと違う。もう少し、「生きていく」ことの面倒くささまでも包み込んだ上での実感が、この短編集にはある。これはきっと、西さんの人生観でもあるんだろうな。

タグ:読書
posted by toshinagata at 14:14| 日記
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