2018年06月11日

「ガイコクジンノトモダチ」と「HINOMARU」

 最近、人気のバンドが続けて「右寄り」の歌を出したと話題になっていたので、聴いてみました。ゆずの「ガイコクジンノトモダチ」と、RADWIMPS の「HINOMARU」。聴いてみた印象から言えば、別に右寄りというほどの歌ではなかった。ただ、「自分の生まれ育った国を愛するのは当然じゃないか、いい歌を作ってくれてありがとう」と賞賛するのも、ちょっと違うと思った。

 「ガイコクジンノトモダチ」では、「この国で泣いて、笑い、怒り、喜ぶ」に続いて「なのに、国歌はこっそり歌わなくちゃね(一番)」「なのに、国旗はタンスの奥にしまいましょう(二番)」と歌われる。いわゆる左翼的な「アンチ君が代・アンチ日の丸」を批判しているように見える。でも、それに続く「美しい日本 チャチャチャ(一番)」「平和な日本 チャチャチャ(二番)」という部分は、右翼的な「美しい日本」や左翼的な「反戦平和」のスローガンを軽く茶化しているようにも聞こえる。全体として見れば、「今の『右だの左だの』といった主義主張はどうにも硬直していて、『右でも左でもない普通の僕たち』が素直に『自分の国が好き』と言いにくくなっている」というメッセージに聞こえる。

 「HINOMARU」の方はもう少し残念な印象だった。RADWIMPS を深く知っているわけではなく、「前前前世」以降しか知らないのだけど、野田洋次郎さんの詞の特徴は、「他者との関係をうまく作れないまま走り出してしまった自分」を豊富な語彙で饒舌に語るところにあると思っていた。ところが「HINOMARU」では、「他者と自分の関係」をすっ飛ばして、いきなり「国を誇りに思う」ところに行き着いてしまった。そのせいかどうか、使われている言葉がひどくありきたりで、選び抜かれた印象が薄い。音楽も、何だか凡庸な劇伴作家が「和のテイストで」と依頼されて10分ぐらいで作ったような浅さを感じた。RADWIMPS の名作とは言い難いのではないですかね。

 現代の日本において、日の丸・君が代・靖国神社をシンボルとして「国を愛する」と表明すると、一定の度合いで反発が来るわけですよ。その中には、単なる政治的なノイズもあるけど、真に傷ついている人もいる。その人たちは、日本政府に裏切られ傷つけられた過去・現在を持っているわけです。自分がそうでなかったとしても、そういう人の存在には思いを至らせなければならない。「ガイコクジンノトモダチ」は、「今はそうなっちゃってるけど、将来はみんなで『日本が好き』と言えるようになるといいね」という願望を込めた歌だと私は受け止めました。「HINOMARU」については、他者への想像力を持たないままにこんな歌を作っちゃってあらまあ、というのが正直な感想です。

タグ:社会
posted by toshinagata at 21:10| 日記
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