2018年09月16日

「そろそろ左派は<経済>を語ろう」(ブレイディみかこ・松尾匡・北田暁大著、亜紀書房)

 良書です。机上の空論に走って「地べたに生きる」国民を忘れ去った日本の左派に、怒りの鉄槌を。

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 政治学者の北田氏、経済学者の松尾氏が、日本のインテリ左派が「経済」について語らないことに危機感を覚え、それぞれの立場から自説を語る。そこに、イギリス在住で「地べたの人」を自認するブレイディ氏が、ヨーロッパ左派の現況報告と、「ブレグジット」真っ最中のイギリスで見聞きした皮膚感覚を投入する。読みやすく、刺激的な一冊になっている。

 いわゆる「アベノミクス」で経済は確かに好転したが、その間に「民主主義」はいちじるしく損なわれてしまった。象徴的なのが、各省庁でぼろぼろ出てくる「隠蔽」の事案と、既得権を持つ一部の人々への優遇的な法案の数々。ところが、これに対抗すべき左派の知識人から出てくる言葉といえば、味噌もクソも一緒くたにした「アベ政治を許さない」的な粗雑な主張だったり、「もう経済成長は要らない」と金持ちの老人がうそぶいてみたり、一番大事な「明日のごはんどうするんだよ」という視点がすっぽり抜け落ちたシロモノばかり。このままではいかん、ちゃんと「経済」を語って、民主主義との両立を目指していくべき、というのが本書の目指すところと読み取りました。

 左派政党は、しっかり対策を立てて欲しいと思う。安倍さんは選挙を戦うのがうまいから、ちょっとやそっとじゃ対抗できないんだよね。でも、このまま自民党のやりたい放題を許していたら、貧しい人はずっと抑圧され続けることになって、そのうち爆発して極右の台頭につながってしまう。西欧では、反緊縮の左派が踏ん張ってなんとか持ちこたえているみたいだけど、日本は危ない。

タグ:読書 社会
posted by toshinagata at 20:00| 日記

2018年09月12日

合唱曲「山のいぶき」

 子供たちがよく合唱曲を歌っている。学校が音楽会にけっこう力を入れていて、毎年「学年合唱」と「クラス合唱」の2曲を練習することになる。うちの子らは2人とも歌が好きなので、「あの歌は好き」とか「この歌はイマイチ」とか言いつつ、歌ったりもしている(さすがに坊は大声では歌わないが)。

 あんまり合唱曲には明るくないんだけど、自分の中3の音楽会で学年の課題曲になった「山のいぶき」は、思い入れがあるし、好きなんだよね。久しぶりに聞いてみた。

【合唱曲】山のいぶき

 今の子供たちが歌う合唱曲は「希望が○○」とか「絆が○○」とか「みんなで○○」とか、人間関係を歌ったものが多いように思う。こういう「自然礼賛」系の歌は、今は流行らないんでしょうね。

 曲はずいぶん手がこんでいると思う。まず、調性プランがいい。全音音階のぼんやりしたイントロで始まって、C の連打からヘ長調が確定して、すぐに歌が入る。「耳をすませば しみじみと」のところで一瞬 A#7 に寄り道するのもいい。中間部はハ長調だけど、ホ短調やらニ長調やらをうろついたあと、ばっさり断ち切るように C 音に落ちる。ヘ長調の再現部で、このまま終わるのかと思ったら、コーダは突然4/4拍子・イ長調になって、盛り上がって終わり。コーダへの場面転換がすごく印象深い。

 それと、ピアノ伴奏がとにかく凝っている。単なる添え物じゃなくて、相当に強い主張がある。中3の時は、ピアノ伴奏には手を上げなかった。ちょっともったいなかったな。当時はいろいろ疲れてたな、としみじみ思い出す。音楽の先生と折り合いが悪かったし。

 その先生ったら、伴奏担当の子たちを集めて「ご指導」してたんだけど、この曲の最後のここのところ(楽譜は記憶に頼っているので不正確かも)で、低い E をペダルで伸ばしてフェルマータの終わりまで保て、って言ったんだよ。だから、8クラスが8クラスともそういう終わり方だった。

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 あり得ないと思いませんか。曲の終わりが第二転回の和音になっちゃうんだよ。音楽わかってないにも程があるわい。まあ、そういう生徒だから折り合いが悪かったんだけど。(歌を移動ドで歌わされるのに抗議したりしてたもんな)

タグ:音楽
posted by toshinagata at 22:47| 日記

2018年09月10日

LÖVE (Love2D) 実践編「さめがめ」:つながったコマを消す

 LÖVE (Love2D) ページ「実践編『さめがめ』:現在位置・つながったコマを消す」を公開しました。一応ゲームとして成立するようにはなりました。

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 とは言っても、コマが消えるときには何の飾りもなしに単に消えるだけだし、取れるコマが無くなってもメッセージの一つも出さない。一面クリアのメッセージもない。もっとも、一度もクリアできたことないんだけど(苦笑)。さめがめって、クリアするの難しくないですか? 私が下手なだけなのかな。

posted by toshinagata at 22:19| 日記

2018年09月08日

道徳教育は哲学教育

 最近、中学生の坊がこの本を読んでおります。「おもしろい」そうです。いいチョイスだよね(図書館で借りてきたのは妻だけど)。なんとなく、小言を言った時のヘリクツに磨きがかかってきたような気がするのは気のせいか。

 そんなことがあった後に、下の記事を読んだ。

 いろいろ問題点が指摘されている道徳の「教科化」、なんでこの人は賛成してるんだろう、と思って読んでみたら、こういうことだった。

 文部科学省は、これからの「特別の教科道徳」は、「考え、議論する道徳」であるべきだと言っています。結構なことでしょう。だったら、私たちは、仰せのとおり、「道徳」の授業で、それを「考え、議論する」べきです。「自由」とは何か。「国家」とは何か。「民主主義」とは何か。これらを、論理的に、「考え、議論する」べきなのです。

 つまり、実は教科としての「道徳」とは、本来、「哲学」と同義であるということです。

 そういう見方があったのか。確かに、「道徳」の授業で実際にやることといえば、いろいろな状況を設定して「こんなとき、君はどうする?」と考えることである。それは哲学であると言えなくもない。ただ、今の学習指導要領に書かれている「道徳」の到達目標は上のようなものとはかけ離れているし、今後も近づくことがあるとは思えない。現場の先生が道徳の時間で「国家とは何か」を考えさせるとしたら、ずいぶん気骨のある先生だと思うけど、そういう授業はなかなか難しいんじゃないですかね。

 しかしながら、「考えない」ことが氾濫しているこの世の中で、「哲学にもっと注目すべきだ」という声が徐々に高まってきているのは、意義あることだと思います。ある意味、「文系学部なんてつぶしてしまえ」という(乱暴な)考え方に対する文系学者の反撃なのかもしれないけど、そういう反撃はどしどしやってもらいたい。

タグ:教育 社会
posted by toshinagata at 01:14| 日記

2018年09月03日

AYNiMac さんに捕捉されていた

 ここ数日、アクセス数が1日あたり+10ぐらい増えていて、何だろうなと思ったら、AYNiMac さんに捕捉されていました。ありがとうございます。Homepage@nifty で運営していた頃は Mac 系のアンテナサイトにいくつか捕捉してもらっていたんだけど、LaCoocan から独自ドメインへと2回引っ越しした時に全部切れてしまった。その間に、こちらは Mac 系のサイトでもなくなってしまった。現在のアクセスログを見ると、主なお客さんはラズパイネタを見に来ている人のようです。

 最近は「アンテナサイト」というと、いわゆる「まとめサイト」のまとめ、みたいなものを指すみたいですね。私の知っているような「アンテナサイト」はもう終焉なのかな。巡回するサイトは決まっているので、ブックマークに入れておけばいいようなものだけど、やっぱりアンテナが更新を教えてくれると便利なんだけどな。

タグ:ブログ
posted by toshinagata at 23:55| 日記

2018年09月02日

LÖVE (Love2D) 実践編「さめがめ」:つながったコマを表示

 LÖVE (Love2D) ページ「実践編『さめがめ』:現在位置・つながったコマを表示」を公開しました。上下左右に連続したコマは、再帰関数を使って探索します。

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 このページ、一応ターゲットとして想定しているのは「Scratch は卒業したけど、次に何をしたらいいのかよくわからない」人のつもり。たとえば「子供の科学」の「ジブン専用パソコン」を持て余している人(絶対いると思う…)、とかに届いたらいいのにな、と思っています。もう少し説明を丁寧にして、親しみやすいスタイルにしないと、ハードルが高すぎるかも知れない。今はとりあえず、自分にとって楽に書けるスタイルで、内容を充実させることを優先させています。

 個人のゲーム作者さんで、Love2D を使ったというインタビュー記事を見つけたので、貼っておきます:「電話を通じて夢世界をさまようADV『Strange Telephone』はなぜ作り直しになったのか? yuta氏が語る個人制作の苦悩とこだわり」(Automaton)。2017年1月の記事で、現在は Unity に移行されたようですが。

posted by toshinagata at 23:03| 日記

2018年08月26日

LÖVE (Love2D) 実践編「さめがめ」スタートしました

 LÖVE (Love2D) ページ実践編「さめがめ」を書き始めました。今回は、初期盤面を表示するところまで。

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 ほぼすべてのコードについて、「どういう意図でそう書いたか」を説明しています。それでも、コードと説明を照らし合わせて自分で読み解いていく作業は必要です。その作業を根気強く進めていけば、自分でコードが書けるようになるはず、と思います。(プログラミング教育はやったことないので、わからないけど)

 残念ながら、この「LÖVE ページ」のアクセス数、全然伸びないんだよね。1日1ヒットあるかどうか。まあ、いつか誰かの役に立つ時がくるかもしれない、と思って、めげずに書き続けます。

posted by toshinagata at 12:41| 日記

2018年08月23日

「ルビィのぼうけん」(リンダ・リウカス著、鳥井雪訳、翔泳社)

 うーん、惜しい本だ。志は買う。やりたいことはわかる。でも、ちょっと届いてないかな。

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 ここに書かれているメッセージは、「プログラミング教育は『コードを書く』ことだけではない」ということです。これはすごく大事なメッセージだと思う。で、何が届いてないかというと、絵本を読んでもよくわからないんですよ。それぞれのセクションで、ルビィちゃんが何かをやってるけど、それを通して何を伝えようとしているのかがわからない。

 結局、「保護者へのメッセージ」を読んで、そこに書かれている話が何に対応しているのかを(プログラマの目で)理解する必要があります。そして、「ああ、ここは繰り返し処理の話なんだな」とか「ここは条件判定の話なんだな」などと頭に入れた上で、もう一度絵本の内容に戻らないといけない。

 Amazon の書評ではわりと評判がいいみたいだけど、絵本としてこなれているとは言えないと思います。作者がフィンランドの人なので、北欧の人が持つ独特の「とっつきにくさ」というのもあるのかもしれないけど。

 コードを書かずにプログラミングする、というのは「アンプラグド・プログラミング」などと呼ばれているようです。僕らの世代は、「ナイコン」(コンピュータを所有しない、という意味)時代にみんなやっていました。プログラミングの考え方を身につけるには有効だし、学校教育の現場では実用的でもある。実際、小学校での実践を紹介した本もあります(未読だけど)。

 「ルビィのぼうけん」に戻ると、この本は重要な一歩だと思うけど、これを越えるものが出てこないといけませんね。この本が「コードを書かないプログラミング入門」の標準になってしまったら、それはかなり残念なことです。

 最大のハードルは、「書ける人を探す」ことだろうな。福音館書店さんとか、やってくれませんかね。

 8/24追記:内輪ネタが多いのも、プログラマでないとピンとこない理由の一つだな。ペンギン・ユキヒョウ・キツネ(これはわからんかった)・ロボット・ヘビという組み合わせ、非プログラマの人には何の意味も必然性もないから、読み進むにつれて「わけがわからない」という気分を加速してしまう。プログラマのコミュニティの中で作るからこうなっちゃうんでしょう(特に Ruby コミュニティは仲間意識強そうだし)。だから、そういうコミュニティから離れた人がこういう本を作った方がいいと思うんだけど、そうすると売れなかったりするんだよな…

posted by toshinagata at 00:26| 日記

2018年08月14日

「ピアノの名曲 聴きどころ 弾きどころ」(イリーナ・メジューエワ著、講談社現代新書)

 これは素晴らしい本だ。現役ピアニストがピアノ曲の分析・解釈・演奏法について語ったもの。

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 何が素晴らしいかというと、解説が具体的なんですよ。「バッハ」と「モーツアルト」の章はやや一般論が多いが、その他の章は、楽譜をふんだんに引用して、音楽の内容に踏み込んで論じている。しかも、ほとんどの曲を著者が自ら録音しているため、解説が実際の演奏法にまで及んでいる。こんな本はなかなかありません。

 なお、前書きにある通り、「著者」といっても、実際にはパートナーの明比幸生氏と講談社の編集者(山崎比呂志氏)が、著者を含めた鼎談を一人語りにまとめたもの、とのこと。文体は読みやすい。ちょっと「(笑)」が多いけど、もともとがくつろいだ鼎談だったと思えば、それほど気にはならない。

 楽譜付で詳細に取り上げられている曲は、以下の通り。バッハ「ゴルトベルク変奏曲」、モーツアルト「ピアノソナタ第11番『トルコ行進曲つき』」、ベートーヴェン「『月光』ソナタ」「ソナタ第32番ハ短調」、シューベルト「即興曲作品90-3」「ピアノソナタ第21番変ロ長調」、シューマン「トロイメライ」「クライスレリアーナ」、ショパン「別れの曲」「ピアノソナタ第2番」、リスト「ラ・カンパネラ」「ピアノソナタ」、ムソルグスキー「展覧会の絵」、ドビュッシー「月の光」、ラヴェル「夜のガスパール」。これだけの多彩な作品について、1つ1つ詳細に論じていくわけですよ。作曲家の特質、作品の背景、音楽構成の分析、演奏技術…たいへんな内容です。

 個人的には、「クライスレリアーナ」、ショパンのソナタ、リストのソナタの分析が特に興味深かった。どれも「なんだかよくわからん曲だな」と思っていたのだけど、聴き方に一つの指針をもらった気がする。(さすがに「弾き方」じゃない。この曲たちは弾けん…)

タグ:音楽 読書
posted by toshinagata at 01:29| 日記

2018年08月13日

ソフトボールの未来はどっちだ

 ソフトボール世界選手権、少しだけ見ました。北京オリンピックの金メダルが印象に残っていますが、もう10年前のことなんですね。その時のエースの上野投手が、今でもエースって、どういうこと?

 決勝戦の米国戦。米国は投手5人で10回を戦っているわけですよ。それに対して上野は1人で10回。しかも、真夏のダブルヘッダーで、第一戦も完投している。この条件で、最後までもつれる・勝つチャンスすらあった、ということ自体は大したものだと思うけど、戦い方としてはむちゃくちゃ不合理じゃないですか。北京オリンピックの時に、上野投手が「最後は気持ちの強い方が勝つと思った」と言ってました。それはそうだと思う。でも、十分に合理的な戦い方をした上で、気持ちの強い方が勝つ、という話に持っていかないといけない。それが指導者の役割じゃないですか。

 自分も北京オリンピックの時は「感動」してたから、あんまり偉そうなことは言えないけど、上野投手の「熱投」を美談にしたらアカンと思います。なんで日本チームは、この大事な試合で、力のある投手をローテーションしながら総力戦で戦う、というやり方ができなかったのか。そういう視点が必要なんじゃないですか。「上野投手の後継者を育てる」とか言っても、「一人で2日間400球以上投げても壊れない」人を育てる、という発想ではダメだと思う。

 もう一つ思ったこと。実家に帰省してテレビで準決勝米国戦を見ていた時に、父が「アメリカの選手は服装がきちんとしてない、日本はそういうところがちゃんとしている」と言っていた。もちろん日本の方が上だ、という意味です。私は改めて一人で決勝戦を見ながら、全く逆のことを考えていました。アメリカの選手は服装も髪型も思い思い。日本の選手はみんなショートカットで、ユニフォームの着崩しもなくて、「規律を守る」ことがチームカラーになっている。今の日本の若手選手が、こういう環境で伸びるんだろうか?

 今の10代・20代のトップアスリートの人たちって、精神的にとても自由で、しかも強い心をもっているじゃないですか。こんなことを言うとソフトボールの関係者にとても失礼だとは思うんだけど、本来は力を持っている人材に、競技自体が敬遠されたりしてませんか。若手が伸びてこないのって、そのせいだったりしませんか。あの「高校野球」ですら、少しずつ変わってきているんです。ソフトボールも、変わっていってもいいんじゃないかな、と思う。東京オリンピックには間に合わないかもしれないけど、ソフトボールが好きな子供たちのために、選手がのびやかに育って力を発揮する、という環境を作ってあげてほしいな、と思います。

タグ:社会
posted by toshinagata at 08:49| 日記
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