2018年07月17日

伊藤光捕手、ベイスターズでデビュー

 プロ野球の伊藤光捕手、バファローズからベイスターズへトレードで移籍。最近ぱっとしなかったからね。福良監督とソリが合わなかった、というのもあるんだろうか。

 で、後半戦初日の今日、いきなり先発フル出場じゃないですか。盗塁を刺したり、緊急登板した武藤をうまく間をとって落ち着かせたり、自身10ヶ月ぶりのヒットを打ったり、なかなかの活躍ぶり。ヤスアキを炎上させちゃったのがちょっとね。まあでも、横浜のファンは辛抱強いし暖かいから、きっと長い目で見てくれるでしょう。

 バファローズで応援していた選手の一人なので寂しいけど、新天地で活躍してくれることを楽しみにしています。

タグ:野球
posted by toshinagata at 00:07| 日記

2018年07月15日

Love2D のページを更新

 「LÖVE (Love2D) プログラミング」のページを更新しました。まず、印刷できるように整形した。初めての人に学んでもらうには、やっぱり紙ベースの資料があった方がいい。また、プログラム例として「打ち込んだらそのまま動く」ものをなるべく用意するようにした。ただ、説明の内容がそもそも問題で、「プログラミングにあまり慣れていない人」を想定した作りになっていない。このへんは改善が必要だな。

 また、「LuaJIT言語編」というのを書いてみた。Lua/LuaJIT の解説はインターネットで結構見つかるのだが、あまりまとまった形になっていない。まとまっているのは公式のリファレンスマニュアルだが、もともと他のプログラムに組み込むことが前提で設計されているので、言語の機能よりも先に C API が解説されていたりして、かなり読みにくい。そこで、Love2D を使うのに必要な言語の知識が得られるように、説明を書いた。

 「入門編」と「LuaJIT言語編」を印刷して、坊に渡してみた。最初は手助けが必要だったが、一応サンプルプログラムを打ち込んで動作を確認する、というところまではできるようになった。プログラムの内容も少しずつ理解しているようだ。

posted by toshinagata at 23:46| 日記

2018年07月09日

SmileBASIC か pygames か Love2D か

 先日坊とプログラミングの話になった。坊の同級生に、自作ゲームを作っている子がいるらしい。詳細はよくわからないのだが、「QRコードを見せて『みんなも遊んでみてください』と言っていた」とのことなので、たぶんプチコンじゃないかと思う。

 坊も自分でやってみたいらしい。先日自分で Scratch で作った落ちものゲームを見せてくれた。ずっと前にゲーム作りを少し教えてあげた時のプログラムを元にしたものだが、いろいろアイデアが盛り込まれてなかなか面白かった。こうなると、「Scratch の次はどうする?」問題が切実になってくる。

 SmileBASIC は、「Scratch の次の言語」としては、よい選択肢だと思うんですよ。「複数の値を返す関数/手続き」の構文に少しクセがあるぐらいで、他はオーソドックスな構文になっている。最大の問題点は、ハードウェアの制約がきついこと。うちには任天堂のゲーム機はないから、プチコンは使えない。パソコンミニの SmileBASIC に期待していたのだが、実際に手にしてみると、完全に「閉じた」世界になっていることは思いのほかストレスだった。SmileBASIC 相当の処理系が Windows/Mac/Linux のデスクトップで使えるようになれば、よい選択肢になると思うんだけどね。(そう思って DarumaBASIC を作り始めたんだけど、ライブラリを実装するところでエネルギーが切れてしまった…)

 言語自体の将来性を考えると、やっぱり Python なのかな、とも思えてくる。そこで、pygame を Mac にインストールして、少しいじってみた。しかし、どうも Python は「Scratch の次」としてはハードルが高すぎる気がする。ライブラリが充実しすぎていて、何かやりたいときに「どこを探せば欲しい情報が見つかるのか」がわかりにくい。できることがあまり多すぎると、どこから手をつければいいかわからなくなってしまう。これは初心者にはつらい。

 となると、Love2D は悪くない選択ではないかと思えてきた。Love2D の言語は Luajit で、言語としての将来性には若干不安があるけれども、個人ベースで自作ゲームを作る程度の目的なら、さほど問題にはならないだろう。Luajit/Lua は小さい言語なので、「できることが多すぎてわけがわからない」という状況にはなりにくい。個人的には、ループを再開する continue がないのと配列の添字が 1 から始まるのがどうにも好きになれないのだが、その他はまあ普通の構文だと思う。

 Love2D の日本語の書籍って、たぶん存在しないよね? とりあえず、当サイトで書きかけの「LÖVE (Love2D) プログラミング」を、印刷しやすいように編集し直した。これをプリントアウトして、とりあえず動かしてみるところからスタートかな?

posted by toshinagata at 00:16| 日記

2018年07月03日

著作権保護期間が死後50年から70年に延長

 TPP11関連法が参院本会議で成立しました。これに伴い、著作権保護期間が50年から70年に延長される。他国の対応が順調に進めば、年内にも発効するとのこと。米国の TPP 脱退で、著作権保護期間の延長はいったん凍結されたのに、なぜ日本は独自に延長を決めたのか、よくわからない。いったい誰が得するんだろう?

 この規定、遡及適用はされないんだよね? EU 諸国で著作権保護期間が延長されたときは、域内統一のため遡及適用が行われたらしい。今回は、そういう特殊事情ではないので、いったんパブリックドメインになったものが再び保護される、という事態にはならないと思いたい。

 音楽関係で、作品の保護期間が経過しているかどうか、思いついた作曲家についてちょっと調べてみた。戦時加算が適用される作曲家の場合、作曲年によって加算期間が異なるので、かなりややこしい。

  • コダーイ (ハンガリー、1967没): PD(戦時加算なし)
  • ヒンデミット (ドイツ、1963没): PD(戦時加算なし)
  • プーランク (フランス、1963没): 「フルートソナタ (1957作曲, 戦時加算なし)」「チェロソナタ (1948作曲, 戦時加算4年?)」は PD だが、「3つの常動曲 (1918作曲)」や「2本のクラリネットのためのソナタ (1918作曲)」は戦時加算10年なので、保護期間内。
  • ヴォーン=ウィリアムズ (イギリス、1958没): 「グリーンスリーブスによる幻想曲 (1908作曲)」は PD、「ピアノ協奏曲 (1931作曲)」は保護期間内、「チューバ協奏曲 (1954作曲)」は PD。なんで「グリーンスリーブス」は PD なんだ? 理屈がよくわからん。
  • フローラン・シュミット (フランス、1958没): 大部分の作品が PD だが、例えば「小さな音楽 Op.32 (1906作曲)」「交響曲第2番 (1958作曲, 1959出版)」は保護期間内。

 ところで、戦時加算の撤廃と 70 年延長をバーターする、という議論がかつてあったと思うのだけど、あれはどうなったんだろう。戦時加算がそのまま残っているということは、上のようなややこしいケースで保護期間が残っているものは、あと20年この状態で維持されてしまうわけですか。

タグ:音楽 社会
posted by toshinagata at 20:13| 日記

2018年06月28日

感性と論理とバッハの音楽

 「感性」と「論理」がともに重要なのはまったくその通りだと思う。だけどね…

大作曲家バッハの楽曲には、譜面の左右対称、上下対称、点対称、平行移動などを自由に音楽的・有機的に組み合わせ、まるで建築のような美しい構造が音楽の神秘・美を生み出しているものが多数存在する。

たとえば、『蟹のカノン』を一人が冒頭から楽譜を読み、もう一人が最後からさかのぼって楽譜を読んで同時に演奏すると、バッハらしい、美しい音楽が生まれる。

 「蟹のカノン」ってそんなに美しいか? 知的な曲だとは思うけど、音楽としては「破綻してないけど、魅力あるものとは言えない」というのが真っ当な感想じゃないかと思う。そもそも、カノンって無理のある音楽形態ですよ。バッハはカノン形式の曲をたくさん作っているけど、音楽的に魅力あると言えるのは「音楽の捧げ物」の無限カノンぐらいじゃないか。

 カノンの他にも、バッハの音楽には「数字の謎解き」みたいなものがあちこちにあるらしい。有名な例は BWV803 のヘ長調デュエットだけど、これも音楽的には「なんだかよくわからない、イマイチ面白くない」というのが妥当な線だと思う。

 バッハの音楽の大きな特徴は、確かに論理的で説得力のある音の運びにある。しかしながら、バッハの音楽を感覚的に「美しい」と感じる瞬間って、しばしばその論理性から一歩はみ出したところにあるんじゃないですか。

 例えば、「トッカータ・アダージョとフーガ (BWV564)」のアダージョの最後の Grave のところ。こういう展開になる必然性って何もないよね。でも、この F#dim7 on B♭ の和音は、思わず息を呑むほど美しい。

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 あるいは、平均律第1巻第1曲のプレリュード。バスが F# → A♭→ G と動くのって論理的には変じゃないですか。でも、この A♭の1小節は、聴き手の意表を突いた見事な寄り道だと思うのです。

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 ちなみに、これがツェルニー版だとこうなっちゃうわけです。これは、ツェルニーの凡庸さを後世に知らしめた、音楽史に燦然と輝く改悪でありますね(余分な小節を挿入したのはツェルニーじゃないけど、それを採用した時点でダメでしょ)。

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 最初の記事の話に戻ると、「感性が大事」という話に持って行くんだったら、なんかもう少し、筆者の「感性」に信頼をおきたくなるような文言が欲しかったなあと思うんですよ。遠近法が正しいだけで優れた絵画になるわけではないのと同様、音楽の論理構造と感性に訴える力は別物です。楽譜の「点対称」とか「左右対称」に至っては言わずもがな。そういう切り口がないと、結局「感性って言ってるだけで、実は論理しか見えてないじゃん」ということになってしまう。

 正直言って、こういう独りよがりな人が語る「教育」論はあまり信用できないと思う。でもなんかこの人、「STEAM教育者」とか自称しちゃってるんですよね…

タグ:音楽 教育
posted by toshinagata at 00:10| 日記

2018年06月17日

映画「万引き家族」

 パルムドール受賞の前から、見に行きたいと思っていた。賞をとっちゃったので、混んでたら嫌だなと思ったのだけど、観客は20人ぐらいでした。妻に言わせれば「名古屋だとこれでも多い方じゃない?」とのこと。

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出典:ムビッチ【映画チラシ】「万引き家族」

 いやーすごかったわ。特に樹木希林と安藤サクラ。何気ない表情の下にいろんなものを隠し持ってて、重層感が半端じゃない。

 この家族、最後にはバラバラになっちゃうんだよ。もちろん、社会正義としてはそれが「正しい」。あるべきところに落ち着いた、ことになる。でも、上のスチールでの6人の穏やかな笑顔、これは「あってはならない」ものだったんか? 6人で海に出かけた思い出は? 「正しいかどうか」で簡単にはくくれないものがそこにはある。

 一部の人が、日本の恥をさらした映画だ、と酷評しているらしいけど、それは正反対なんじゃないか。どんな社会でも、追い詰められてギリギリで生きている人がいる。その人たちにちゃんと光を当てて、表現作品として公開して、それが国際社会で高い評価を受けて、しかも多くの人が映画館に足を運んで見ている。むしろ、日本はそれだけ成熟した文化を持つ国だ、と胸を張ってもよい現象ではないですか。これを酷評している人たちの見苦しさ・恥ずかしさがあぶり出されたとも言える。是枝監督の仕掛けたワナに、まんまとはまったようなものだよな。

タグ:映画 社会
posted by toshinagata at 13:55| 日記

2018年06月11日

「ガイコクジンノトモダチ」と「HINOMARU」

 最近、人気のバンドが続けて「右寄り」の歌を出したと話題になっていたので、聴いてみました。ゆずの「ガイコクジンノトモダチ」と、RADWIMPS の「HINOMARU」。聴いてみた印象から言えば、別に右寄りというほどの歌ではなかった。ただ、「自分の生まれ育った国を愛するのは当然じゃないか、いい歌を作ってくれてありがとう」と賞賛するのも、ちょっと違うと思った。

 「ガイコクジンノトモダチ」では、「この国で泣いて、笑い、怒り、喜ぶ」に続いて「なのに、国歌はこっそり歌わなくちゃね(一番)」「なのに、国旗はタンスの奥にしまいましょう(二番)」と歌われる。いわゆる左翼的な「アンチ君が代・アンチ日の丸」を批判しているように見える。でも、それに続く「美しい日本 チャチャチャ(一番)」「平和な日本 チャチャチャ(二番)」という部分は、右翼的な「美しい日本」や左翼的な「反戦平和」のスローガンを軽く茶化しているようにも聞こえる。全体として見れば、「今の『右だの左だの』といった主義主張はどうにも硬直していて、『右でも左でもない普通の僕たち』が素直に『自分の国が好き』と言いにくくなっている」というメッセージに聞こえる。

 「HINOMARU」の方はもう少し残念な印象だった。RADWIMPS を深く知っているわけではなく、「前前前世」以降しか知らないのだけど、野田洋次郎さんの詞の特徴は、「他者との関係をうまく作れないまま走り出してしまった自分」を豊富な語彙で饒舌に語るところにあると思っていた。ところが「HINOMARU」では、「他者と自分の関係」をすっ飛ばして、いきなり「国を誇りに思う」ところに行き着いてしまった。そのせいかどうか、使われている言葉がひどくありきたりで、選び抜かれた印象が薄い。音楽も、何だか凡庸な劇伴作家が「和のテイストで」と依頼されて10分ぐらいで作ったような浅さを感じた。RADWIMPS の名作とは言い難いのではないですかね。

 現代の日本において、日の丸・君が代・靖国神社をシンボルとして「国を愛する」と表明すると、一定の度合いで反発が来るわけですよ。その中には、単なる政治的なノイズもあるけど、真に傷ついている人もいる。その人たちは、日本政府に裏切られ傷つけられた過去・現在を持っているわけです。自分がそうでなかったとしても、そういう人の存在には思いを至らせなければならない。「ガイコクジンノトモダチ」は、「今はそうなっちゃってるけど、将来はみんなで『日本が好き』と言えるようになるといいね」という願望を込めた歌だと私は受け止めました。「HINOMARU」については、他者への想像力を持たないままにこんな歌を作っちゃってあらまあ、というのが正直な感想です。

タグ:社会
posted by toshinagata at 21:10| 日記

2018年06月10日

CC さくらクリアカード編、これで最終回?

 いつものように「カードキャプターさくら・クリアカード編」を見ていて、「ケロちゃんにおまかせ」で「クリアカード編もきょうでおしまい」とケロちゃんが言ったのでびっくりした。なになに、今日最終回だったの?

 えーっ、マジかよ。「ぜったい大丈夫だよ」できれいに終わったつもり? 伏線らしきものをいっぱいまき散らしておいて、一個も回収しとらんやん。第二期あるの? それとも劇場版で回収? いやー気になる。

 「なかよし」読んでる人たちのネタバレによれば、漫画版の方では「フードの人」の中身が違うらしい。何それ? そこが変わるとその後の展開がぜんぜん違うやん。どういうこと?

タグ:アニメ
posted by toshinagata at 18:12| 日記

2018年06月09日

ドラゴンズ・ホークス戦

 夕方テレビでニュースを見たあとつけっぱなしにしていたら、プロ野球ドラゴンズ・ホークス戦の中継が始まった。ホークス千賀、ドラゴンズ松坂。ナゴヤドームはほぼ満員になっている。NHK 名古屋、こんなカードを中継するとは引きが強いな。松坂は、すごく良いわけではないけど、粘りに粘って5回1失点。千賀も、中継が始まるまでは良くないながらも粘っていたようだが、足がつってベンチで治療した後、マウンドに戻った初球で高橋周平に3ランを打たれた。結局この回の4点が効いて、ドラゴンズが逃げ切り勝利。

 松坂はもう終わったと思っていた。森監督は「死に場所」を提供してやったものだと思っていた。ホークスでリハビリに専念していた3年間、いい話なんて一つも聞こえてこなかった。ところが今季は、7試合に先発で4勝3敗、防御率 2.41。戦力になっているだけでなく、ドラゴンズの先発投手の中ではガルシアについで2番手の成績じゃないか。他が悪すぎるという話もあるけど。

 千賀は凱旋登板を飾りたかっただろうけど、冴えなかったね。あの闘争心あふれる表情で、マウンドに立ちはだかる姿をぜひ見せて欲しい。ドラゴンズは当分日本シリーズには行けなさそうだから、次の交流戦待ちだな。2年後か?

タグ:野球
posted by toshinagata at 13:45| 日記

2018年06月04日

木たち・花たち

 このエントリ久しぶりだな。

シマトネリコ。上の方がだいぶ混み合ってきた。太い枝をばっさり切った切り口からも新しい芽が出てきている。さすがに強い。


ウメ。元気に枝を伸ばしている。ウメの本を読んで、「芽かき」をすればよい、というのを初めて知ったので、実行している。そうしないと、枝が際限なく伸びていってしまうのね。


ナツミカン。こちらも上の方にたくさん新しい葉がついている。


ユリ。今年はオレンジと黄色が多い。白+ピンクの花は早々に終わってしまった。


今年は「ゆうびポーチュラカ」が手に入らなかった。「京ちゅらか」とか「サンちゅらか」は見かけるんだけど、出来が悪かったんでしょうか? 代わりにバーベナを植えた。赤と白。


シソ(奥)とキンジソウ(手前)。今年はこの子たちが大ピンチ。芽が出たとたんに虫にやられて、全然大きくならない。シソはともかく、キンジソウはなかなか売ってないので、何としても復活させたい。


マリーゴールドとハツユキカズラ。マリーゴールドは、近所の小学生が譲ってくれたタネをまいたのに、芽が出てくれなかった。仕方がないので、苗を買ってきた。


インパチェンス。この花壇には、これまで夏はペンタスを植えていた。実は半日陰なので、インパチェンスの方が合ってるように思うのだが、どうなることか。


タグ:園芸
posted by toshinagata at 20:03| 日記
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