2015年07月28日

吹奏楽コンクールと教育的効果

 Facebook で、吹奏楽コンクール課題曲に関する伊藤康英さんの書き込みが回ってきた。

JBAの作品募集の審査をしていたことがあります。そのときは、導音の不自然な重複、意味のない連続5度など、これを演奏する子供たちの耳を悪くするおそれのある音の響きを持った作品は、譜面審査の段階でバッサリ落としていました。スコアを見れば、その応募者がどれだけ作曲を学んだかが分かります。

 ああ、さすが伊藤さんだ。「子供たちの耳を悪くするおそれのある音」を排除したい、という志が本当に心強い。吹奏楽コンクールに関わる人は、こういう気持ちをいつも持っていて欲しいと思う。

 ちと便乗させてもらうと、吹奏楽コンクールの審査基準についても、ちょっとどうなのかなと思うところがある。長い曲を時間制限に収めるためにカットして演奏するのは仕方がない面もあるのだけど、特に技巧的なところばかりを切り出して貼り合わせ、それをむちゃくちゃに速いテンポで演奏して、技術が高いのはわかるけど音楽はワケわからん、というような演奏が「勝ち上がって」いく。この審査員たち、演奏技術しか見てないんじゃないの、と感じることがある。こんな演奏を良しとする状況で、「勝つことの喜び」は身に付くかもしれんが、「音楽を作り上げる楽しさ」を実感することは難しいだろう。また、このような状況で勝ち残るために、いわゆる「強豪校」では部員に個人持ちの楽器を買わせ、個人レッスンを自費で受けさせていたりする。公立中学校でですよ。ちょっとよろしくないように思います。

 多少技術的に瑕疵があっても、優れた音楽表現を目指している演奏は、志ある審査員ならわかると思うのですよ。そういう演奏が高く評価されるコンクールであってほしい。現状の吹奏楽コンクールは、音楽教育という面からはマイナスの効果がずいぶん大きいと思う。コンクールで燃え尽きて音楽から離れる生徒もいっぱいいるしね。どうして音楽教育の関係者がこの現状を放置しているのか、不思議でしょうがない。

posted by toshinagata at 23:32| 日記
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