2018年09月30日

ドラゴンズ岩瀬投手引退

 今年は、長くプロ野球界に貢献した選手がたくさん引退していく。その中でも、やはりドラゴンズ岩瀬仁紀投手の存在感は格別だ。

 1998年入団。翌1999年の開幕戦(対カープ)でいきなり起用される。しかも、1点リードの二死二塁、打者前田智徳というとんでもない場面。結局、前田・江藤智・金本知憲に3連打されて逆転を許し、降板。しかし、ルーキーがこの場面で起用されるのは首脳陣の信頼の証である。実際、2日後のカープ戦で再び起用され、今度は無失点に抑える。結局、この年の65登板はリーグトップ。なお、あまり知られていないが、この年にドラゴンズがリーグ優勝を決めた試合の勝利投手は岩瀬だった(同点の7回に登板して1回を抑え、その回の裏にドラゴンズが決勝点を挙げた)。

 2000年、10/8 に公式戦唯一の先発登板を果たす(7回無失点で10勝目)。公式戦の先発登板はこれだけだが、落合監督時代には、ナゴヤドームでのオープン戦初戦で1イニング限定の先発を務めるのが慣わしだった。監督曰く、「うちは岩瀬で始まって岩瀬で終わる」。

 2007年、野球好きな人なら誰もが忘れない、日本シリーズ第5戦での登板。8回まで走者を出さなかった山井大介の後を受けて9回を任される。さすがの岩瀬も足が震えたという。この交代は、落合監督の指示とされていたが、森繁和投手コーチの進言によるものと、森氏自身が明らかにしている(「今だから話せる落合竜の真実」森繁和・二宮清純、現代ビジネス 2012/04/26)。また、山井投手は8回終了時に「どうする?」と森コーチに聞かれ、「代えてください、お願いします」と答えたという(「未完の完全試合。山井大介『決断』の理由」阿部珠樹、Number Web 2008/04/03)。山井投手も、森コーチも、落合監督も、「あの場面の岩瀬はすごかった」と口を揃える。岩瀬投手自身も、セーブ数の日本記録を達成した時に、最も記憶に残るセーブとしてこの試合を挙げている。公式戦とは別記録だから、日本記録の数には入っていないのだけれども。

 そして先の 9/28、今季限りの引退を表明した岩瀬投手が、9回1点リードの場面でリリーバーとして起用された。この試合が通算 1000 試合目の登板。1死球を与えたものの、後続を断って 407 個目のセーブを記録した。なんと美しい、稀代のリリーフエースにふさわしい完璧な終わり方じゃないか。

 と思ったら、翌日浅尾拓也投手の引退試合につきあって、「浅尾→岩瀬」の黄金リレーを再現してくれたよ。藤浪投手にヒットを打たれてなんだかミソがついちゃったけど、むしろ好感度が上がった。いわゆる「野球エリート」じゃない岩瀬投手には、ちょっと人間臭い、ほっこりした終わり方が似合っている。本人は「本塁打を打ちたかった」と言っているらしい。ドラゴンズはあと2試合残しているから、もう1回ぐらい勇姿を見られるかも知れないね。代打でどうですか、森監督?

タグ:野球
posted by toshinagata at 18:24| 日記
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