2020年01月15日

二重根号がバツになる世界

 坊の数学の問題を一緒に解いているとき、二重根号が出てきそうになったら「あ、これたぶんアカンやつや」と方針転換するようにしている。やっぱりアカンやつやった、という証言が得られました。

 たぶん正解は 2√6 + 2√2 なんでしょう。しかしながら、「何の注意書きもなく」この答えを求めているのだったら、当然数学的に等価な 4√(2 + √3) も正解にしないといけない。出題者が「二重根号は必ず完全平方に変換して開くこと」を要求するのであれば、問題文にそのことを明示しないといけない。たとえば、「根号の中は有理数のみを含む形で答えること」と指示があるなら、二重根号で答えたものをバツにしても構わない。そのような指示をしていないのに、「二重根号は習ってないからバツ」みたいな不合理なことを言ってはいけません。

 上記の「職員室の数学の先生」たちは、「二重根号が出てこないように解く方法を探す」ことに一定の意義を見出しているのでしょう。それは構わない。でも、何も言ってないのにその制約を「暗黙の了解として」受け入れるべき、というのは、教育上好ましい姿勢とは言えないでしょう。理由が説明できないアホな校則を墨守するのが好ましくないのと同様です。中学校という世界には、根本的に変わらないといけない面が多々あるんじゃないでしょうか。

 これに対して、こんなリプライが飛んできたそうです。大炎上必至。

 「大学受験でもほとんどの学校が採用しています」って、そんなワケないでしょう。出題するときに「高校で学習した範囲で解答できるように作成する」のは基本ですが、解答するときは、どんな方法であっても「正しければ」当然マルになります。ここで、「正しければ」というのは、「結論が合っていれば」という意味じゃないですよ。「論理的に正しければ」という意味です。出題者に対する制約と、解答者に対する制約を、混同してはいけません。

タグ:教育 社会
posted by toshinagata at 21:03| 日記
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